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you know something?

Use it for myself.

賞金 100万円は、下請けさんにパース代を支払うには少額だった、というコトでしょうか...


photo by CTG/SF

 

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正しい歴史認識、国益重視の外交、核武装の実現 原案の元ネタも発覚「ヤン・チヒョルト展」!佐野研二郎が同展に行っていたことも確認!パクリ確定

素人目には、まったくの同一にしか見えないのですが、デザインを生業とされる方々からご覧になれば、やはり別モノという判断になるのでしょうか。

仮にベルギーの劇場ロゴは既知ではなかったとしても、提出案がここまで似ていて、ご本人も SNS で「ヤン・チヒョルト」に言及していたとなると、素案の公開は却って逆効果で、むしろ、さらに燃料を注ぐ結果となってしまったように感じます。

 

オリンピックという祭典は商業的な側面とは別に、多くのアマチュアな素人が、同じくアマチュアではあるものの、玄人な選手の皆さんの技に関心を寄せ、感心や憧れ、あるいは尊敬の念を持つ場でもあります。

また、才能豊かな若者たちにとっては目標にすべき檜舞台であって、玄人でなければ、その差を判断できないようなクリアランスの狭い話ではないはずです。

 

私事で大変恐縮ですが、当方の乏しい想像力では、パクり云々以前に、あのタイポグラフィと色の組み合わせ (黒・金・銀・銅が無い?) からは自動車メーカーなどの新車 (or 新ブランド) 発表を連想してしまい、スポーツの祭典を想像するのはとても難しかった、というのが率直な感想です。

また、そもそも論かも知れませんが、招致活動中は「今、ニッポンにはこの夢の力が必要だ。」と連呼して日本中で招致成功に歓喜したにもかかわらず、いざ蓋を開けてみれば、

  • 「J」ではなく、東京の「T」であったコト (仕方ないことではありますが)
  • 「T」には Tomrrow が含まれる、と英語前提であったコト
  • 「T」の脇、あるいは不可視の背景に日の丸が添えられたコト

など、「ニッポンに必要な夢の力」とは程遠い内容のロゴに、「嗚呼、やっぱり、オールジャパンなんて方便だったのね」と、ガッカリしたのは私だけでしょうか?

この流れのなかで、まだ一部分しか認めないという佐野さんの認識は少しご自身に甘い
www.hochi.co.jp

いずれにしましても、同業者にも仕事内容を看破されてしまうようなデザイナーに国民的行事のロゴを任せたままでイイのだろうか? という疑問と同時に、なぜ招致活動ロゴの修正ではダメだったのでしょうか。


photo by SenYuan

日本を象徴する「桜の花びら」がカラフルに咲く、この華やかなロゴがとても好きでした。

このロゴをデザインされたデザイナーさんに、ぜひ新しいロゴをデザインしていただきたく存じます。

 

追伸1

この桜のイラストが素敵なロゴを考えたのが東京芸術大学の現役大学院生 島峰藍(しまみね あい)さんです。(当時は美大の4年生)藍さんはロゴについて
桜は大勢の人に愛されている日本の代表的な国花ですし、友好や平和の証として世界各地へ贈られてきたものですので、日本らしさのシンボルとしました。
デザインのベースであるリースには〝再び戻ってくる〟というメッセージがあることを知り、スポーツを通して「日本に活気や勇気が戻ってきますように」という祈りを込めています。
mitsenone.blog.so-net.ne.jp

とのことでした。素晴らしい。シッカリした考えをお持ちの彼女へ、改めてロゴデザインを発注していただきたいですね。

追伸2

この記事を公開する前に「佐野氏のエンブレム使用中止決定」の報が舞い込んで参りました。

五輪=佐野氏のエンブレム使用中止決定、舛添知事「裏切られた」 | Reuters

上記ツイートの後で思いついたのですが、本来であれば、展開図のためにイメージするパースを発注するところを、コピーライトを消す盗用で済ませたのは、何故か。

思うに、佐野氏のような売れっ子デザイナーであれば指名発注ばかりでしょうから、選出されなければ報酬ゼロという成功報酬型、延いては、世間で揶揄されている「狭いデザイン業界のお付き合いコンペ」には魅力を感じなかったのかも知れません。

それゆえ、最初から当選するコトなど想定もしておらず、各種成果物は世間の目には触れるコト無く自動的にゴミとなる予定だった、と考えれば、何となく合点が参ります。

しかし、本人の意に反して当確してしまった。

しかも、日本中の期待を一身に集めるオリンピックのロゴ。

人気絶頂のデザイナー視点では、パースの経費を掛けるコトすら惜しい報酬の仕事が、一夜にして最高度のクオリティを要求されるワークに変わる。

そうした状況の変化が一連のアルファベット展開などの後付解説にも繋がった、と考えれば、またも合点が参りますし、各種商標との類似性が疑われた段階で次点以降が検討されず、彼のデザインが修正されたのも納得できるような気がいたします。

だって、彼以外の日本人デザイナーたちも、彼と同様のスタンスに違いありませんから (苦笑

しかし、首都東京でのオリンピック。長野のような地方都市とは訳が違います。

外国人デザイナーの案を採用したくない (or そう方向付けされていた?) 選考委員会としてみれば、中でもマシな佐野案で押し通るしかなかった、と考えれば、一連の記者会見の内容もガッテン!といったところでしょうか。

結局のところ、国立競技場の件も同様かも知れませんが、「オリンピック」という人々の間に広がりを持つ企画とは裏腹に、あまりにも閉じた運営がもたらす弊害が露見し続けているように感じます。

百歩譲って現運営を是として、競技場の建設費を青天井にできるくらいの空元気があったのであれば、なぜ、ロゴの賞金に 1億円くらい設定できなかったのか。

経費を十二分に回収できる見込みがあれば、多くのデザイナーさんとその下請けさんたちは、こぞって全力を出したに違いない、と拝察いたします。

しかし、実際は、設計屋には数十億円の金銭が乱れ飛んでいる中、デザイン屋は全部手弁当でやれ、というのでは、あまりにもヒドい話ですし、そういう意味では、知財に対する価値観の希薄さは、今のなお根強く日本社会に残っているのかも知れません。

いずれにしましても、一体がだれが長なのか、まったくもって曖昧なマネージメント体制を改めない限り、このような問題は2020年までまだまだ続き、国民的な関心事は汚れに塗れ、くたびれたモノに変質していくコトでしょう。

そうならないコトを心から祈念しております。

© toomores_such