「自己肯定感の醸成」は正に「教育」なんですな
自己肯定感のなさというのは 気づいたんだけど、良いところを褒められるよりも、ダメなところを受け入れてもらう経験が重要なんだ。 自信のなさや挑戦への不安は、それが上手くできなかったときに起きることへの恐怖心だ。 恋愛や人間関係に踏み込むのが怖いのも、ダメな部分を知られたら嫌われると思うからだ。 だから頑張って成果を出したり、良いところを褒められても、卑屈さは治らない。 失敗を許されたり、ダメな部分を含めて愛されたりする経験があって、初めて自分自身への不安は解消されるんだ。 でも大人になってしまうと改めてそれを得るのは中々むずかしい。 anond.hatelabo.jp
いやはや、増田氏の論が「大人になってしまうと改めてそれを得るのは中々むずかしい」という言葉へ収斂しているように、子供時代だからこそ可能な or 子供時代でなければ不可能な「自己肯定感の醸成」は、非認知スキルの育成と並んで、人格形成における非常に重要な要素であり、幼児期の教育から取り組むべき課題であるはずなのだが...
現実といえば、待機児童の解消というハードばかりに話題が集中し、肝心の子供たちを育むソフト部分 (幼児期教育) に注目が集まらないのは、見える化できないモノには価値を認められない日本人の性分なのか、極めて残念に常々思っている。
いよいよ統一地方選挙と参議院選挙と選挙 Year を目前にして、政治屋の「子供たちのために・次世代のために」とかいう「声」ばかり大きく聞こえるが、大人が子供のために頑張るのは当たり前であって、子供たちが「望まない生産人口減少時代」を生き抜けるよう、子供たちが増田氏のような想いを抱くコト無きよう、更なる「知」を与える努力を重ね切ってようやく、政治家は「やった感、やり切った感」を公言すべきと考えるが、いかが? (by セイラ・マス)